コタツ撤収
つい数日前は吹雪だったのに昨日今日と春満開ないい天気。暑いくらいです。
今年は3月14日にコタツ撤収を決断、即日実施しました。
明日からまた寒くなったらどうしよう?
つい数日前は吹雪だったのに昨日今日と春満開ないい天気。暑いくらいです。
今年は3月14日にコタツ撤収を決断、即日実施しました。
明日からまた寒くなったらどうしよう?
プリンセスと魔法のキスを観ました。ものすごい久々のディズニーの長編2Dアニメです。
21世紀のアメリカの劇場用アニメはほぼ全て3Dアニメです。その流れに逆らって渾身の想いで製作された作品です。
童話のカエルの王子ではプリンセスがカエルにキスをするとカエルは王子の姿に戻るのですが、本作ではカエルの王子にプリンセスじゃない女性がキスをしたらなんと女性の方がカエルになってしまうのです。
舞台はアメリカ南部ミシシッピ川流域のニューオリンズ市。時代は大型客船が外輪船であることから、おそらく100年ほど前、19世紀末か20世紀初頭ぐらいでしょうか。電灯はあるがラジオはまだない、世界大恐慌前の景気がよかった頃の古きよきアメリカの時代です。
魔法はメルヘン世界の古ゲルマン系の魔法使いではなく、黒人系文化のブードゥー魔法。
ただし良いブードゥー使いと邪悪なブードゥー使いの双方が出てきます。ここらはディズニー流ポリティカルコレクトって所でしょうか。音楽はもちろんジャズです。ジャズ、ジャズ、ジャズのミュージカル仕立てになっています。
作画には、当然のごとくかなり気合が入っています。特にカゲ、陰影がすごいです。
3Dアニメはモデリングを決め光源の位置を設定すると、陰影は物理的に計算された通りに画像化されます。しかし2Dアニメでは影もすべて手描きです。背景に投影される影を効果的に使うのがディズニー伝統の影表現。これは3Dアニメでは巧く再現できないのです。本作では2Dのよさを活かしてこれでもかというくらいに影が大暴れします。
また、主要キャラの顔には一段カゲがつくのですが、明るい部分とカゲっている部分の境界が線ではなくエアブラシ効果でぼやかしてあります。このボヤカシはものすごい手間だと思いますが、もう徹底的に描かれていてものすごい執念を感じます。もちろん脇キャラにはこんな手間のかかるような仕事されていません。ここぞというところのスーパー効果です。
ディズニー旧作アニメファンにたまらないのは、4本指の復活です! カエルに変身したとき4本指になるのです。これぞディズニー!
人間じゃないからOKって言い訳ができるってことでしょうか。もちろん人間形態では5本指です。
それにしても、カエルなのにヒロインらしくかわいらしく描くというあたりが神がかり的に巧いです。動物擬人化の技の冴えはさすがディズニーです。
本作はぜひ興行的にも成功してほしいものです。これがコケたら今後数十年はディズニーから長編2Dアニメが出ることはなくなるでしょう。頑張れ!
横須賀線・湘南新宿ラインの武蔵小杉駅が2010年3月13日に開業しました。
さっそく利用してみました。
聞いていた通り南武線・東横線の武蔵小杉駅からだいぶ離れています。東京駅の京葉線ホームと同等の距離感。連絡地下道もそんなに太くないのでラッシュ時に移動にはかなり時間を要すると思います。南武線/東横線のホームからだと新丸子駅の方が近いかも知れないくらいです。
新ホームはNEC玉川事業場の中にあるような雰囲気。ホームから敷地内が丸見えでした。
横浜駅からの運賃は東横線と同額。湘南新宿ラインなら横浜の次は武蔵小杉と高速。東急は厳しい戦いを挑まれています。でもホームの位置が酷いから大丈夫かなぁ?
エンジンサマー(文庫版)を読みました。2008年に復刊された古典SF。
書かれた1960年代らしい高度文明が滅んだ後の時代の人類を描いた叙事詩のような小説です。
東西冷戦下の緊張の元いつ全面核戦争が起きるかもしれないという時代だった60年代の香りがする、ある意味で夢も希望もありゃしないデストピア的ビジョンなのに、なぜか美しく感動してしまいます。どのような状況であれ人間そのものはそうそう変わらないという思想があります。
ただ21世紀の立ち位置から読むと、当時ジョン=クロウリー(著者)が恒久的だと思っていた事柄が実はそうでもないようなものもあります。たとえば女性解放運動。60〜70年代はすごかったんでしょうね。国際連合的な国家連合体制が崩壊した後も女性解放運動の末裔が文明を維持しようと長期にわたり抵抗しそこそこの成功を収めるような記述がありますが、たった50年で女性解放ムーブメントは影も形も残ってません。彼女らは後継者を産み育てることができなかった。でも60年代当時は生涯独身のカトリック聖職者が構成する教皇庁のように自らが子を為さなくても組織を維持できると思ってたのかも知れません。
また、資本主義、拝金主義を否定するような面もあります。これは60年代にありがち。スタートレックだって未来の理想郷ではカネという概念は必要なくなったとしているし、マネーという概念は必要悪であって本質的なものではないという思想です。確かに文明が滅べば貨幣など意味はないのでしょうね。
本書の中の未来人は、異星からもたらされた植物から食料を得ています。これは大航海時代に新大陸からもたらされたジャガイモ・トウモロコシ・トマト・唐辛子などで旧世界の食生活が大きく影響を与えたようなものなのでしょう。ただしジャガイモはヨーロッパの人口を大きく増加させましたが、異星の植物はそこまでの影響力はなかったようです。むしろ秘伝の食料源として世界から隠匿されています。
本書にはラピュタと呼ばれる飛行島が出てきますが、文明を維持した少数の人間が住んでおり、本書のストーリーにおいて重要な役割を占めます。少なくとも2000年以上は延命したようです。
本書は英語のダジャレというか、高度文明時代のありふれた言い回しが、後世で深読みされて違う意味で使われたり、別の単語に転化したりするところがキモになっているので翻訳の質は重要です。
タイトルのエンジンサマー(Engine summer)も小春日和を意味するインディアンサマー(Indian summer)の転化であることが暗示されています。もはやインディアンという言葉が指すものは消失し、かろうじてエンジンだけは記憶にとどめられている世界では、このような言葉の変化が起きるのでしょう。
滅びの道をたどる人類という種。その滅びの冬への道のりの途中で一時的に盛り返した小春日和の時代。それが「エンジンサマー」が語る世界なのです。
古典的幻想SF小説。文庫版は新訳になってハードカバー版よりだいぶよくなっています。
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